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「とても人に読ませられるようなものではないのです」 小説家の作り方 野崎まど

2011年05月02日 22:12

小説家の作り方

「私は、この世で一番面白い小説のアイデアを閃いてしまったのです。」


そう語る女性、紫依代は、しかしながら一度も小説を書いたことがないという。
お世辞にも売れているとは言えない小説家・物実はアルバイトとして彼女に小説の書き方を指南していくのだが――。

結末は冒頭で物実自身が述べている。
事実は小説より奇なり。

野崎まど先生の四作目「小説家の作り方」の感想です。

そのタイトルから、かつて大江健三郎先生が記された自伝「私という小説家の作り方」を思い起こす方もいらっしゃるでしょうが、全くの別物です。
小説を書くための指南書ではなく、小説家となった作者の自伝でもなく、本作はあくまでミステリー小説です。


この作品を読んで思い出したのは、野崎先生の一作目「[映]アムリタ」でした。
そちらは天才ありきの話。
舞台は映画サークル『キネマ・マグラ』。サークルの目的は「素晴らしい映画を作る」こと。
そしてそのサークルの一員である天才・最原最早は恣意的にすばらしい映画を作る事が出来、更にその映画を使って「なんでも出来る」のでありました。

本作はその「[映]アムリタ」と似通った部分が多々見受けられました。舞台も登場人物も全く異なるのですが、それでも「対」となった作品であるかのように感じられるのです。


以下、感想です。
物実は作家となって三年目、今まで四冊のファンタジー小説を世に送り出した立派な小説家である(本人曰く、駆け出し小説家)。しかし、お世辞にも売れているとは言えない。
そんな彼が浮かれているのは、初めてファンレターという物をもらったからに他ならない。

差出人の名は紫依代。
ファンレターに同封されていた連絡先を見て、なんだかんだあって(ご想像ください)とんとん拍子に本人と会う事になった。
彼女は「この世で一番面白い小説のアイデア」を閃いてしまったのだという。だのに、それを世に出す術を知らない。平たく言えば、小説の書き方というものが分からないのであった。

物実はそんな彼女の提案で、アルバイトとして「小説の書き方」を教える事になる。
なにかと世間離れしたお嬢さんに手を焼きつつも、取材と称して美人と出かけたりもして充実した日々を送る物実。

しかし、紫の事を知っているという変人・【答えをもつ者】【answer answer】在原露の出現により現実がおかしな方向にねじ曲がっていく。

「この子だよね。紫依代」
「そうですが……」
「明裏大学文学部二年生。大学近くで一人暮らし中。実家は神奈川。兄弟姉妹はなし」
 兄弟の有無までは知らなかったが、大体僕が知っている通りの話だった。
「物実君はこの子に四ヶ月くらい小説を教えてたわけだ」
「ええ」
「でも、あたしの知ってる紫って、この子じゃないんだよね」
「え?」


狐につままれたような物実。
だがしかし、つきつけられた事実は小説のように――


以上、粗筋って言うか、中盤くらいまでの流れです。

そしてここから紫依代あらため『むらさき』の正体について、衝撃の事実が次々と明らかになっていくのです。
しかしながら、野崎作品の前三作を読了済みの読者であればもうお気づきでしょう。野崎先生は、その後にもう一段階どんでん返しを用意して待ち構えているのです。


ここから先は盛大なネタバレを含みますので自己責任で読み進めてください。

本作は野崎先生の処女作「[映]アムリタ」と対になる、と前述しました。
それは偏に結末の締めの言葉による印象です。

「この映画はきっと、とても面白いのだ。」

      「[映]アムリタ」P231 7行目より


本作の締めの言葉は、「[映]アムリタ」のそれと非常に酷似しています。
しかしながら、受け取る印象は真逆のように思えました。
処女作でのその言葉は主人公の諦めと悲哀の内に嗜虐じみた悦びを含んでいました。
一方で本作では、非現実の扉をくぐってしまい驚天動地の主人公が、しかし未来への希望を持っているように感じ取りました。

同じような言葉であるにも関わらず、その印象は真逆です。
「[映]アムリタ」では完成した作品に対し、恐れを抱きながらも視ずにはいられない気持ち。
本作では、未だ存在しない「この世で一番面白い小説」を待ち望む気持ち。

この印象の違いをもたらす大きな要因は、主人公に対する被害の有無なのでしょう。
「[映]アムリタ」で主人公・二見は自分の精神を書き換えられ、全くの別人になってしまうのです。
しかし、本作の主人公・物実は全く被害を被っていません。様々な非現実を打ち付けられましたが、小説家であるが故にそれも良い経験となる事でしょう。その上騙されている最中は女子大生と楽しく勉強&お出かけで人生を満喫しています。その上、いずれは『むらさき』執筆の「この世で一番面白い小説」を一番に読む事が出来るのです。人生バラ色ではないですか。


しかし、読み返してみると恐ろしさに背筋が凍ります。
本作で『むらさき』がもたらした被害は「[映]アムリタ」の比ではありません。

『むらさき』は語ります。

「あの時、私はアイデアを短い文章にまとめました。
  ~中略~
読まれた皆さんは変わってしまわれました。変質されてしまいました。私のメモを読んだ方々は、人の形を保てなくなってしまったのです。」


どういう意味でしょう。文章が奇抜すぎてするっと飲み込めません。
しかし、ここで冒頭を読み返すとその疑問は氷解します。

トップニュースは《兵庫・一三〇人、集団失踪》だった。
  ~中略~
某大手企業の製作所で職員が集団失踪、現場はどこからか漏れだした乳白色の排水で水浸しだったという。


小説のネタ探しのため何となく物実が目にしたニュース。目にした当初はのんきなもので、

 仮にこの事件が小説の中の出来事だったとしたら。作者は一三〇人失踪の謎にオチを付けないといけないわけで、ファンタジーならまだしもミステリの場合は結構な苦労だろう。


などと考えていたものですが、予想外の角度からオチが付いたというわけです。


かつて、星新一先生が編集なさったショートショートの広場という本に、「読んではならぬ」という題の短編が収録されていました(タイトルうろ覚えだけど)。
それは、あまりの内容のくだらなさに、最後まで読むと脳みそが溶けて耳から流れ出て死んでしまうという話でした(ちなみに当然読んでも死なない。なぜなら文章が途中で終わっているから)。
それを読んだ時は小学校低学年くらいで、その内容の恐ろしさに震え上がり、結局家族と一緒に読んでもらう事でオチまで辿り着きました。
本作で感じた恐怖はそれ以来のものでした(というか、思い出して恐くなった)。


さて、ここまで読んでもらえれば、「[映]アムリタ」と本作が対となる作品である、という持論にも納得頂けたものと思います。

■[映]アムリタ
・天才の作る映画
・映画サークル『キネマ・マグラ』の「素晴らしい映画を作る」という目的
・人の心を作り替えてしまう作品
・最原最早は映画を使ってなんでも出来る
・見破られる事を目的としたトリック
・主人公の人生を変える絶望の物語

■小説家の作り方
・人工の天才が書く小説
・小説家という「この世で一番面白い小説を書く」者という背景
・人の体を保てなくする作品
・『むらさき』は何一つ出来ずにいる
・見破られる事を目的としたトリック
・主人公の世界観を変える希望の物語

以上より、この二作品は非常に似通っていて、しかしながら全く異なる小説なのです。
けれどどちらの作品も、文句なしに面白い。


今まで四作の野崎作品を読み、その全てに於いて外れなし。
こうなるともう、次の作品にも、次の次の作品にも期待せざるを得ません。
次は一体何を題材に、どんなどんでん返しで私達読者を待ち構えるのでしょうか。
この期待感は、物実が抱く「この世で一番面白い小説」を待ち望む心境にとても近いのかも知れませんね。




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